#23  3.11 忘れないこの日

2011年3月11日

11年前のこの日はこの先も一生忘れることのない日です。
そして当日のことを私は今でも鮮明に覚えています。
当時の私は卸営業部門のリーダーと関東と東北エリアの営業を兼務しており、新幹線で大阪と東京を年間40往復する生活を送っていました。

東日本大震災のあった2011年3月11日のこの週は福島・宮城・山形・岩手・青森を訪問する予定を立てていましたが、3月に入っても雪が多く、青森のお得意先から雪が多いから雪道に慣れていない都会の人は4月に延期したほうがいいとのアドバイスをいただき、福島以外の訪問予定を急遽変更したのです。

3月7日(月)に埼玉の大宮から営業をスタートし栃木の足利 宇都宮 小山 佐野を経て茨城へ移動したのが3月9日(水)のことでした。お昼頃に水戸のお得意先で世間話をしていたところ小さな地震が発生、大きくはないものの体感できる程の揺れであったことを記憶しています。 この時まさか2日後に大きな地震が来ることなど予想もつかず・・・

この日の予定をすべて済ませて夜に常磐道を北上し翌日のアポの為に福島のいわきへ移動、3月でしたが東北はさすがに寒くホテルでチェックインを早々と済ませて近くの居酒屋で熱燗を飲んだのを覚えています。 

そして、その日の夜中にも体感できる程の揺れを感じて目が覚めました。日時にして3月10日(木)の午前3時頃のことだったと思います。この時もまさか翌日に大きな地震が来ることなど予想もつかず・・・

朝からいわき市内、郡山市内、福島市内を経て営業を終え、福島駅前のホテルにチェックインしたのは20時を過ぎていたと思います。 この日も寒かったためホテル近くの居酒屋で熱燗を飲んだのを覚えています。

3月11日(金)朝一の福島市内の営業を済ませた後に栃木の宇都宮へ新規取引の初商談へ向かいました。
アポの時間は13:00 話がスムーズに進み、お取引ができそうな手ごたえを感じながら初商談を終えたのが14:00過ぎ。
この週の予定をすべて終え、埼玉の契約駐車場へ向かう途中の東北道 鹿沼インターへ入る直前の道路で前方の車が急ブレーキを踏んで停車、私も急停車しました。視界前方に連なる電信柱の揺れに伴い電線が大きく波打っている光景が目に入りました。車が大きく揺れて何事かと車内から外に出ても大きな揺れは止まらず、ラジオのパーソナリティが力いっぱい大きな声で地震を伝えていたことを今でも鮮明に覚えています。

揺れの収まりを確認して東北道へ入り南下するも途中の佐野藤岡から先が通行止めで強制的に出口へ、国道50号線は西行き、東行き共に大渋滞でしたが、東行きへ入り、道の駅から妻へ電話をすると奇跡的につながり、そこで初めて東北で津波が発生したことを知りました。 この時16:30頃だったと記憶していますが、津波が発生したことや大渋滞の国道の状況を見たこの時点で大阪へ帰ることができないと判断しその旨を妻に伝えました。

ガソリンを満タンにして埼玉の契約駐車場へ向かうルートは一般道しかなく、群馬の舘林から埼玉の桶川、上尾を経由して大宮から17号バイパスへ入ったのが22時頃でした。その途中、空腹を満たすためにコンビニに寄ってもどこもお腹の足しになるような食料品は売り切れで全くなし、棚に残っていた数袋のスナック菓子を買って渋滞の中食べたのを覚えています。大渋滞の17号バイパスを抜けて朝霞市の契約駐車場へ到着したのが日付が変わった3月12日の午前0時を過ぎていたと思います。近くのホテルはどこも満室で取ることもできず、車内泊を決意、度重なる余震を感じながら浅い眠りで朝まで過ごしました。翌朝の始発の東武東上線で東京駅へ向かう途中に余震が何回も発生しその度に乗客の携帯から地震速報が一斉に鳴り響き、電車が緊急停止するという状況が何度もありました。

その翌週半ばごろに被害地域近くの全お得意先の安否確認が取れ当社のお得意先の人的被害はなかったことが確認できホッとしたのを覚えています。

近くに居て体験した未曽有の出来事、普段 ”あたりまえ” に使っているインフラがマヒをして不便を感じると ”ありがたい” ということを実感します。

この週にお得意先のアドバイスがなく予定通りに出張に行っていたことを考えると・・・

記憶が鮮明で書き出すときりがないのでここでとどめておきます。

この震災を含め私自身が今まで経験した未曽有の出来事

・阪神淡路大震災
・リーマンショック
・東日本大震災
・新型コロナウィルス

これらのことは日本の歴史の教科書に載るような出来事かもしれません。
私は直接的に受けた被害はなかったですが、未曽有の出来事を経験した歴史の証人として
そこから学んだことは、小さなことでもこれから先のことに活かさなければならない、
そして後世に伝えなければならない。
そう思っています。

この地震を教訓に我が家では災害が発生して家族がバラバラになったら、集合する場所は決めています。
車庫には非常持ち出し袋を3つ用意しています。
災害から学んだ自分たちでできる小さな対策です。

南海トラフや首都直下型地震の今後30年以内に高確率で発生すると予想されていますが、
いざというときに備えておきましょう。
そしてその備えを定期的にチェックしましょう。

地震調査研究推進本部事務局 南海トラフで発生する地震

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